〔研究〕歴史の上の住宅、そして未来へ

2018年の前期に、名古屋造形大学の2年生のみなさんと取り組んだ「歴史の上の住宅、そして未来へ」という研究についてまとめてみようと思います。
この研究は、教授である建築家・西倉潔さんに何かやってみたらと言われてゆるりとはじまりましたが、やってみると面白くて、大学を出入りする方々の評判もよくて、なんらかの形で継続できたらとなんとなく思っているところです。(ですから、まとめてみよう、と言いましたが、おそらくまだまとまりません。)

過去に建築家によって作られた住宅の、模型と批評文をつくりました。ひとりがひとつ、別々のものを。2年生は38人程度いますから38個できます。歴史的な時間的な指標を入れたいと思い、第2次世界大戦から現在までの日本、ということにしました。取り上げた住宅のリストは下のようになりました。

1.堀口捨巳「若狭邸」(1939年)
2.前川國男「自邸」(1942年)
3.坂倉準三「四谷加納邸」(1950年)
4.池辺陽「住宅No.3」(1950年)
5.レーモンド「レーモンド自邸(旧井上邸)」(1951年)
6.増沢洵「最小限住居(自邸)」(1952年)
7.丹下健三「自邸」(1953年)
8.清家清「私の家」(1954年)
9.吉阪隆正「吉阪自邸」(1955年)
10.菊竹清訓「スカイハウス」(1958年)
11.篠原一男「から傘の家」(1961年)
12.吉村順三「軽井沢の山荘」(1963年)
13.東孝光「塔の家」(1966年)
14.長谷川逸子「焼津の家」(1972年)
15.阿部勤「中心のある家」(1974年)
16.原広司「自邸」(1974年)
17.石山修武「幻庵」(1975年)
18.坂本一成「代田の町家」(1976年)
19.伊東豊雄「中野本町の家」(1976年)
20.山本理顕「山川山荘」(1977年)
21.難波和彦「箱の家」(1995年)
22.北山恒「HOUSE IN HOUSE」(1996年)
23.アトリエ・ワン「アニ・ハウス」(1997年)
24.安藤忠雄「4×4の家」(2003年)
25.妹島和世「梅林の家」(2003年)
26.中村好文「Lemm hut」(2004年)
27.青木淳「G」(2004年)
28.西沢立衛「House A」(2006年)
29.西沢大良「板橋のハウス」(2006年)
30.中山英之「O House」(2009年)
31.宮昌子「house I」(2009年)
32.シーラカンス「柿畑のサンクン・ハウス」(2010年)
33.長谷川豪「森のピロティ」(2010年)
34.坂牛卓「内の家」(2013年)
35.大西麻貴+百田有希「小屋と塔の家」(2015年)
36.乾久美子「ハウスM」(2015年)
37.田根剛「大磯の家」(2015年)
38.中川エリカ「桃山ハウス」(2016年)

みんなで別々のものを作りますが、模型はフォーマットをそろえて、縮尺は1/100、白模型、敷地は作らず住宅本体のみ、簡単に作る、というルールにしました。

それが案外面白くて、時代ごとに、住宅ごとに、とても純粋な比較ができるようになっていきました。知りたい指標以外の条件はすべてそろえる、ちょうど化学の実験のようでした。人間がつくったものの模型を人間がつくりますから、どうしたって個性がにじみ出てきてしまいます。それがとても面白い。

また、もうひとつ興味深く感じたのは、「建築の物語性」ということです。純粋な模型をひたすらに並べていくと、同じ住宅であるはずなのに大きさが全然違う、だとか、時代は大きく離れているのに似ているものがある、だとか、とても単純な驚きがありました。
そして、その背景にあるだろう物語を、自然と感じとることができました。

人間の物語、街の物語‥‥‥

去年、とある書物から、西洋の中世の街は街全体が建築全体がひとつの物語を伝えるメディアになっていたということを知りました。建物にほどこされた彫刻や装飾の連続が、神話や歴史を人々に伝えていたようなのです。
街全体が物語っている、建物の連続がメディアになっている、なんて、現在の日本では感じることはあまりないのかもしれません。日本では西洋に比べて、街がよく新陳代謝しますから。
けれども、この研究を通して、実は日本にも街や建築にまたがっている物語があるのではないかと思うようになりました。これは僕にとって大きな発見であり、こういう研究は重要なのではないか、継続してみたい、と思うきっかけとなりました。


研究の発表会?講評会?には、学長である建築家・山本理顕さんにも参加していただき刺激的なものとなりました。

学生の有志のみなさんとは、研究成果の展示空間設計もしました。
「歴史の上の住宅、そして未来へ」
(歴史の連続を意味する展示台は学生がいるスタジオへと続いていて、未来はみなさんがつくるものですよ、というメッセージがありました。みなさん、気づいたかな?)